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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)4910号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕原告(賃貸人)は被告甲(賃借人)の被告乙に対する無断転貸を理由に甲との間の賃貸借契約を解除し、これにもとづき甲乙両名に対し家屋の明渡を訴求した事案につき、被告両名は、まず第一に無断転貸を否認し乙は甲の留守審である。第二に転貸であるとしても、原告は昭和二六年以降引続き一〇年間に亘り乙より事実上本件建物の賃料を受領し、その間何等の異議も述べなかつたのであるから、右転貸を黙示的に承諾している、第三に右承諾がないとしても、甲は原告より本件建物を賃借した後、必要に応じて自費で修繕をし、家賃も滞りなく支払つてきたのであつて、原告に対し経済的信用関係、対人的信用関係において何等背信行為をしていないから、かかる場合には原告は右無断転貸を理由に民法第六一二条による解除権を行使し得ないものと解すべきである、と各抗争したのに対し、右被告等の主張をいずれも排斥して、次のとおり判旨した。「原告が昭和一七年末頃被告甲に対し原告所有の本件建物を賃料一ケ月金八〇円で賃貸し、その後引続き期間の定めなく甲に賃貸していたこと、被告乙が昭和二六年一〇月頃から本件建物に居住していることは争いないところ、証拠によると、(一)被告甲は昭和二六年初頃訴外A生命保険相互会社の大阪支店長をしており、当時原告から賃借していた本件建物に居住していたが、その後は右A会社の東京本社の営業部長となり、同会社の東京本社に勤務することになつたので、同年一〇月頃その家族である妻、長男、長女等と共に一家をあげて本件建物から東京都渋谷区代々木初台町の現住所にある右A会社の社宅に転居したこと、(二)ところでその際甲は将来短期の間に本件建物に帰る予定はなかつたが、将来右A会社を停年その他の理由で退職した場合には再び本件建物に帰りたい希望をもつていたので、右東京に転居したあとの本件建物に、妻の実弟である被告乙を留守番の名目の下に本件建物の管理を兼ねて居住せしめることにし、その頃乙が甲の依頼により当時乙の居住していた大阪市阿倍野区丸山通二丁目の家を引払つてその家族と共に一家をあげて本件建物に転居したこと、(三)そして被告甲は前記の如くA会社の東京本社に転勤した後、同会社の東京本社の営業部長を経て、グループ保険部長、月掛保険部長兼取締役(重役)を歴任し、又更に昭和三六年五月頃からは同会社の監査役となり、右昭和二六年一〇月頃から引続き現在に至るまで一〇年以上に亘つて東京の現住所に居住しながら、右会社の東京本社に勤務しており、かつその間に同被告及びその家族の住民登録の届出も全部昭和二六年一〇月一日付で右東京の現住所においてなし、以後本件建物の所在地にはその住民登録の届出をしていないこと、(四)又被告乙は前記の如く昭和二六年一〇月頃一家をあげて本件建物に転居して来た後、同被告及びその家族の住民登録の届出もすべて本件建物の所在地においてなし、以後引続き現在に至るまで本件建物を生活の本拠としてこれに居住しており、かつ乙と甲との家計は全く別個であつて、乙は甲の仕事とは無関係に大阪市の職員として勤務しながらその生計を立てていること、(五)尤も被告甲は前記の如くA会社の東京本社に勤務するに際し、その家財道具の一部を本件建物に残しており、又右東京に転勤した後も同被告の職責がA会社の関西方面(大阪・京都・兵庫)における月掛保険の担当責任者であつた関係から、時々大阪に出張して来て本件建物に寝泊りし、更に甲の妻も、当時かねてから被告等の財産の散逸を防ぐ目的で被告等一族が社員となつて設立されていた訴外B合名会社の本社が大阪にあり、かつその代表社員に被告甲がなつていた関係から、甲に代つて右B会社の用務のために時々大阪に来て本件建物に寝泊りしていたことはあるが、右はあくまで甲やその妻がA会社又はB会社の社用で大阪に来た際、被告乙の居住する本件建物に一時的に宿泊りしていたに過ぎないのであつて、その他の家族である長男・長女はいずれも昭和二六年一〇月頃以降引続き東京の現住所に居住していること、(六)又被告乙はその日常生活において甲の家財の一部が置いてある部屋も含めて本件建物全部を占有使用していること、以上の如き事実が認められる。しかして以上の認定事実からすれば、被告甲は昭和二六年一〇月A会社の東京本社勤務となるにともない、その家族と共に本件建物から東京の現住所に転居し、それ以後同被告は本件建物には居住しておらず、却つて右東京の現住所を生活の本拠として暮しており、又一方そのあとの本件建物には、被告甲のはからいで昭和二六年一〇月頃から被告乙が一家をあげて居住するようになり、かつそれ以後現在に至るまで乙が甲とは独立に本件建物を生活の本拠としてこれに居住しているものといわなければならない。してみれば、被告乙は被告甲が東京に転居した昭和二六年一〇月頃以降引続き現在に至るまで本件建物全部を甲とは独立に直接占有しているものであつて、被告甲は昭和二六年一〇月頃原告に無断で本件建物を被告乙に転貸したものといわなければならない。

尤も被告等は、被告甲が東京に転勤した後も引続き本件建物に居住してこれを直接占有しており、被告乙は甲が本件建物を不在にした場合の留守番として無償で本件建物に居住しているに過ぎないから、甲は乙に本件建物を転貸したものではないと主張するが、さきに認定した通り、甲は昭和二六年一〇月頃から引続き一〇年以上に亘り本件建物を離れて東京の現住所を本拠として生活をしており、又一方乙は甲が東京に転居した後一家をあげて本件建物に居住し、本件建物をその生活の本拠としてこれを独立に占有しているのであるから、乙が本件建物に居住するに至つた動機の一つとして本件建物の管理があつたにしろ、乙は、甲が前記東京に転居後引続き現在に至るまで、本件建物の転貸関係を伴わない純然たる留守番として甲の占有に従属して一時的に本件建物に居住しているものとは到底いい難いのであり、又民法第六一二条に所謂転貸借は有償たると無償たるとを問わないと解すべきであるから、乙が甲に本件建物の使用料を支払つていないことから直ちに右転貸の事実を否定し得ないことは勿論であつて、他に甲が乙に本件建物を転貸したとの前記認定を覆すに足る証拠はない。

次に原告が昭和三五年八月二二日到達の内容証明郵便を以て、前記無断転貸を理由として甲に対し賃貸借契約解除の意思表示をなしたことについては争いないところに、被告等は、原告が昭和二六年一〇月頃より引続き一〇年間に亘り乙から事実上本件建物の賃料を受取つているのであるから、右転貸につき黙示の承諾をしたものであるというのであるが、証拠によると、原告は被告甲が前記の如く昭和二六年一〇月東京の現住所に転居し、そのあとの本件建物に被告乙が居住するようになつた後も、引続き主として乙の妻を通じ、又時には甲の妻を通じて、甲から本件建物の賃料を受領し、又更に昭和三一年頃から乙の妻を通じて賃料の値上げを要求し、その結果本件建物の賃料を一ケ月金五、〇〇〇円と定めて、これを昭和三五年五月頃まで従前通り乙の妻又は甲の妻を通じて受けとつていたことが認められる。しかしながら他の証拠によると、原告は前記の如く昭和二六年一〇月頃甲が東京に転居してそのあとの本件建物に乙が居住していることを知り、直ちに乙の妻を通じて被告等に異議を述べたが、当時被告等方から乙は甲の単なる留守番として本件建物に居住しているのであつて、甲と別個独立に本件建物に居住しているのではないとの趣旨のことを云われたので、当時法律的知識に乏しかつた原告はそのまま乙は本件建物の転貸関係を伴わない単なる留守番であると考えて前記の通り本件建物の賃料を受取つていたものであり、又被告等側においても乙を甲の単なる留守番と称して前記の如く賃料を支払つていたこと、したがつて原告は甲と乙との前記転貸関係を認めた上で右賃料を受取つていたものではないこと、しかるにその後原告は昭和三五年に至り乙方から本件建物の居住権があると主張されてこれに驚き、本件原告の訴訟代理人弁護士に相談した上、同弁護士を通じて甲に対し前記昭和三五年八月二〇日前記認定の無断転貸を理由に本件建物の賃貸借解除の意思表示をなすに至つたことが認められる。してみれば原告が昭和二六年一〇月頃以降も引続き本件建物の賃料を受領していたことから、直ちに原告が甲の前記転貸行為につき、黙示の承諾を与えたものとは認め難く、他に原告が右黙示の承諾を与えた事実を認め得る証拠はない。

次に甲は本件建物の修繕を自費でなし、かつ家賃も滞りなく支払つており、経済的、人的信頼関係において何等背信行為をしていないから、原告において右無断転貸を理由に本件建物の賃貸借契約を解除することはできないと主張するが、右甲がその主張の如く本件建物の修繕をなし、或はその後の賃料を滞りなく支払つていたことがあるとしても、そのことのみから甲の前記無断転貸行為が賃貸人たる原告に対する背信行為にならないと認むべき特段の事由があるものとは解し難く、却つて上来認定の経過、事情の下に甲が原告に無断で本件建物を乙に転貸したことは、賃借人として著しい背信行為があつたものというべきであるから、原告が右無断転貸を理由として本件賃貸借契約を解除することは法律上許された当然の権利行使というべく、したがつてこの点に関する被告等の主張は失当である。」

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